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厳つい顔の彼


レットイットビー

中学校時代に厳つい顔をした親友がいた。小太りで背が低く足も短かった。勉強が苦手で運動も人並み、クラスの中でも目立たない存在だった。そんな彼にも一目置かれるものがあった。音楽の趣味である。周りがグループサウンズに夢中になっていた時に、彼はビートルズを聞いていた。中学校の卒業祝いに買ってもらったホワイトアルバムを宝物のように大切にしていた。そんな彼の影響で、高校に進学するとビートルズを聞くようになった。やがて深夜族になり、洋楽漬けになった。わが歌謡曲史は、いしだあゆみの「ブルーライトヨコハマ」で終わりをとげた。

ジャックジョンソン

当時はウォークマンもCDもツタヤもなく、レコードは高価でそうそう買えなかった。持っていたビートルズのアルバムは、「ヘイジュード」、「サージェント・ペパーズ」、「アビーロード」、「レットイットビー」の4枚だけ。そのほかに、CCR、サイモンとガーファンクル、エルトンジョンなどがあり、それを含めても全部で20枚もなかった。飽きるまで聞けたのはこれだけで、あとは深夜ラジオから流る曲を聞き流しているだけだった。気に入った曲も飽きる前にすたれてしまい、わが青春のポップスは消化不良の連続だった。

1970年にビートルズが解散したとき、厳つい顔の彼はさぞやガッカリしているのだろうと思ったら、意外にそうでもなかった。その時彼は、ビートルズを卒業し、ジャズにはまっていたのである。お気に入りは、その年は発売されたマイルスデイビスの「ジャックジョンソン」。ロックのリズムセクションにジャズトランペットを被せたもので、ポップスファンの自分にも聞きやすかった。またしても彼の影響で、大学に進学するとジャズを聴くようになった。わが青春のポップスの最後は、エルトンジョンの「グッバイ・イエロー・ブリック・ロード」だった。

以来今日までジャズを聴き続けているが、どうしても「ジャックジョンソン」を超えられない。フリージャズもモードジャズも、最近のフュージョンも、好きになれない。コード進行の呪縛からどうしても解放されないのである。高校卒業後は疎遠になってしまった厳つい顔の彼が、今どんな音楽を聴いているのか、無性に知りたくなる時がある。


記:2020年04月