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我が家に平凡社の世界大百科事典が届いたのは、大学に入学した1973年のことだった。父親が、大学生になればこれぐらいのものは必要だと思ったのだろう。全26巻が四畳半の狭い勉強部屋の小さな本棚に収まった。雑誌と同じA4変サイズで、光沢のある厚い紙が使われており、一冊がずっしりと重かった。後で分かったのだが、世界大百科事典は1972年に全36巻の改訂版が発売されていて、我が家に届いたのは在庫処分の旧バージョンだった。それでも、大きな買物だったのは間違いない。
百科事典ブームが起きたのは高度経済成長期のことで、必需品というよりも豊かな生活を象徴する飾り物だった。父親もそんな気分に浸りたかったのかもしれない。1970年のオイルショックで、高度経済成長期は終わりを遂げた。我が家に世界大百科事典が届いた1973年には、百科事典ブームにも陰りが見え、ただ場所を取るだけの無用の長物になり始めていた。我が家の百科事典もほとんど開かれることなく、いつしか廃棄されていた。
1996年、日立製作所との合弁会社「日立デジタル平凡社」が設立され、CD-ROM2枚組のデジタル百科事典が発売された。豊かさのシンボルが、CD-ROM2枚になってしまったことに少なからず失望した。また、そもそもが飾りなのだから、売れるはずがないとも思った。案の定、「日立デジタル平凡社」はわずか4年で解散になった。デジタル百科事典は日立システムアンドサービスに引き継がれたが、2008年に販売終了となった。2000年にサービスを開始した「ネットで百科」も2013年に終了している。
今、Wikipediaを頻繁に利用している。分からないことがあるとスマホでWikipediaを調べることが習慣になっている。何を調べているのかと言えば、大抵は、芸能人の経歴や会社の情報、言葉の意味、といった取るに足らないものばかりだ。必要なものは、百科事典には掲載されていない知の宝庫なのである。
記:2020年07月