
中学2年の時、遠足でアイススケート場に行った。同級生の中に妙に突っ張っている奴がいて、アイススケートはせず、テーブル席にふんぞり返って、バニラファジの「キープミーハンギングオン」を大音量で流していた。ラジカセが普及する前のことで、彼がこの時持ってきたのはポータブルレコードプレーヤー、音源は壊れやすいレコード盤だった。突っ張りながら、重いプレーヤーを持ち歩く姿は滑稽だった。
この頃、我が家のオーディオもポータブルレコードプレーヤーだった。それがステレオに変わったのは高校時代で、アンプとプレーヤーが一つにまとまり、それに左右のスピーカーが付いた三点式の卓上型ステレオだった。大学生になると、4スピーカーの4チャンネルのセパレートステレオに進化した。スピーカーは部屋の四隅に設置するのが基本だが、住宅事情がそれを許さず、高価なシステムも宝の持ち腐れだった。
1970年代後半になると、レコードプレーヤー、アンプ、チューナーなどを別々に買って楽しむコンポーネントステレオが主流になった。しかし、セパレートステレオを使いきれなかった我が家が、コンポーネントシステムに移行することはなかった。事情は他にもある。この頃夢中になって聞いていたのは1950年代前後のビバップで、音質は悪く、モノラルのものも多かった。つまり高機能のステレオは必要なかったのである。
とりわけ好きだったのは、バドパウエルが1945年に録音した名盤だった。録音状態が悪く、ピアノの音がよく聞こえない。試行錯誤の末にひとつの方法にたどり着いた。それは、ステレオの電源を切り、針をレコード盤の上に落とし、自分の手でレコード盤を回してやる。すると、ヘッドホンからピアノの音がはっきり聞きとれたのである。自分の手で回すから演奏スピードは自由自在、自分好みに変更することもできた。アナログ時代だからこそできた楽しみ方だった。
記:2020年08月